一般整備からサーキット走行を前提としたチューニングまでトータルでプロモートいたしますチューニング・リペア
最高のカタヤマチューンをあなたに
チューニングパーツからグッズまでカタヤマレーシングオリジナルプロダクツを多数ご用意していますプロダクツ
カタヤマレーシングクラブが復活しました!!カタヤマレーシングクラブ
復活!KatayamaRacing CLUB
RX-8でカタヤマワールドを体感してください おすすめ中古車
RX-8もカタヤマレーシングへ
伝説のレーサー、片山義美。 片山義美伝説
片山義美の魂 ここに
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有限会社カタヤマレーシング

〒673-0541 兵庫県三木市志染町広野3丁目43番地

営業時間:10:00~19:00

定休日:毎週水曜日

0794-85-5666

INFORMATION

2018/08/15

2018年8月のお休みについて

2018/07/21

NEWサスペンション開発ストーリー

2018/07/01

カタヤマレーシングクラブ “富士スピードウェイ体感ツーリング”

2018/06/20

【Web開設記念】ショップご来店限定・特別フェア開催

2018/05/01

カタヤマレーシングメカニック つなぎ 発売開始‼

2018/03/24

RX-3 水彩画(複製)【激レア】 販売開始!!

2018/03/04

Katayama Yoshimi Promotorで整備及びコンピューター等を購入されていたお客様へ

2018/03/04

ホームページをリニューアルしました!

INTRODUCTION

片山義美のノウハウを愛車に

亡き父、往年のレーシングドライバーの名手片山義美の遺志を引き継ぎ、RX-8,RX-7,ユーノス/マツダ・ロードスターをはじめとしたマツダ車の一般整備から、サーキット走行を前提としたチューニングまでトータルでプロモートしています。


長年のマツダ契約ドライバーとしての豊富なノウハウを惜しみなく投入したプランにより、ユーザーの愛車は更なる完成度を極め、その効果は通常の街乗りから極限でのサーキット走行に至るまで一切のストレスを感じることなく体感することが可能となります。

CONTENTS

USED CAR

おすすめ中古車

KATAYAMA RACING CLUB

Overview概要

  • クラブ概要:
  • カタヤマレーシングクラブが復活しました。サーキットでの走行会やドライビングレッスンなどマツダファン、カタヤマファンの方々に喜んでいただけるイベントやキャンペーンを企画いたします。
  • 入会特典:
  • オリジナルアルミステッカー他
  • クラブ代表者:
  • 片山勝美
  • 開催イベント:
  • サーキット走行会、ツーリング、ドライビングレッスンなど

Fee会員費用など

  • 初年度年会費:
  • 3,000円(4月~3月 途中入会の場合も同額)
  • 2年目以降年会費:
  • 2,000円(4月~3月)
  • イベント等参加費:
  • 開催都度お知らせします
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Schedule活動予定

  • 2018年1月:
  • -
  • 2018年2月:
  • 現在イベントの予定はありません
  • 2018年3月:
  • 現在イベントの予定はありません
  • 2018年4月:
  • 現在イベントの予定はありません
  • 2018年5月:
  • 現在イベントの予定はありません
  • 2018年8月:
  • 現在イベントの予定はありません
  • 2018年10月:
  • 現在イベントの予定はありません

伝説のレーサー 片山義美

Part1プロフィール

  • 1940年(昭和15年)5月15日 兵庫県神戸市に生まれる。
  • 日本有数の貿易港、神戸を望む六甲山において、4年間1日も欠かすことなく自らに猛特訓を課し、“六甲伝説”として後の世に知らしめた「怪童」片山義美は、やがて世界のモータースポーツシーンを席巻、世界中にその名を轟かせる。
  • 1960年、2輪ライダーとして国内のレースに初参戦。
  • プライベーターとしてデビューした初レースで、強豪ワークス勢を全く寄せ付けず3位以下をすべて周回遅れにしての優勝。いきなり日本チャンピオンの座を獲得するという偉業を成し遂げる。
  • 続く第1回鈴鹿日本グランプリにおいても優勝。
  • 1962年より、スズキ・ワークスチームより、世界グランプリに参戦。日本グランプリ、西ドイツグランプリ、フランスグランプリ、ダッチTT等、数々のレースで優勝。また、シンガポール国際レース等、数々の海外主要レースを制する。
  • このころよりマン島にも出場、そこでの活躍は世界の賞賛を浴び、片山義美の名を確固たるものにする。後の1967年、ベルギーグランプリで記録したコースレコードは、その後5年間、何者をしても塗り替えることができなかったのである。
  • その間、国内の二輪レースで勝ち獲った勝利は数知れない。
  • 1964年、2輪の世界に身を投じた片山は、マツダのチーフドライバーとして国内の主要レースに参戦、その大胆にして繊細なるドライビングテクニック、卓越した車両開発能力及び明瞭的確なレース戦略が三位一体となり、数多くのレースを制覇。
  • やがてサバンナRX-3を得た片山はついに浮沈艦隊・スカイラインの50連勝を阻み、ロータリー100連勝を成し遂げるとともに国内ツーリングカーレースにおいてロータリーの黄金時代を築きあげた。
  • その後、1977年からカタヤマレーシングよりマーチ75S・マツダで、1984年にはトラスト・レーシングチームよりポルシェ852で富士耐久レースに参戦しシリーズチャンピオンを獲得。
  • 海外のメジャー・レースでは、1990年までに6度、マツダワークスよりチーフドライバーとしてル・マン24時間耐久レースに参戦。
  • 後の787Bによる国内ヤ唯一の総合優勝に多大なる貢献をしたほか、デイトナ24時間レースに3回、スパ24時間耐久レース2回、ニュルブルクリンク84時間レースに2回参戦。
  • また南アフリカセルスプリングにも参戦、多くの上位入賞を果たす。
  • 1991年にレーシングドライバーとしてのポストを引退したが、その後も現在に至るまでマツダ株式会社にて新型車両開発のコンサルタントとして、また、同社テストドライバーのインストラクターとして活躍。
  • その天才的ドライビングテクニック、正確無比なマシン開発能力は群を抜いていた。
  • 2016年3月26日没。享年75歳。

Part2六甲伝説

  • 継父(従野孝司の父)から「お前に食べさせる飯が惜しい」と疎外されるなど家庭環境が複雑だったと雑誌のインタビューに答えて語っている。
  • 中学卒業後に「何かパッと死ねる方法は無いか」と考えて知人に「ヤクザになれば派手な出入りで死ねるだろう」と相談すると、その知人から「きょうび、命を張るような仕事は5年にいっぺんくらいのもんや」といわれ「オートバイレーサーなら死ぬ確率が高いだろう」とレーシングライダーを志したという。
  • バイク店に住み込みで勤め、毎朝バイクを走らせ4年間1日も欠かすことなく六甲山の峠道でトレーニングを積んだ。
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